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サイエンスアゴラ無事終了

11/3-6で開催されたサイエンスアゴラ。無事終了しました。3日と6日に出展者側として手伝いに行ったのですが非常に大盛況で、休む暇もないくらいの忙しさでした。

特に、お客さんの殆どが小学生低学年から高学年のお子さん。またたまーに中高生も来るといった感じです。高校生は同じく出店している側の人達が遊びに来たという感じでしたが来てくれるだけでもありがたいです。

用意したLED工作セットですが、若干の不良品があったのですが、修理したりすることによりほぼ全部はけることができました。200個用意したのですが195個は配れたと思います。

ちなみにこのLED工作セットですが1個あたり300円くらいするのでそこそこの出費となっているのですが、子どもたちに工作などに興味を持ってもらうことが目的ですのでコストに関しては、仲間内で何とかすることになっています。

3日は出展者が全部揃っているわけではなかったので、出店しているブースに人だかりができるほどであり、用意したセットの半分近くを初日に配る始末。
仕方がないので、その後は整理券を配ることで対応したのですが、日曜日に関しては、全出展者が出しているので、来場者も分散した感じでそれほど大きな混乱もありませんでした。

今回のサイエンスアゴラはタッチラリーというものを導入し、入場時にフェリカチップを書く来場者に配り、それを会場のあちこちにあるタッチセンサーにかざすことにより、来場者の動きを見るという試みを行いました。タッチラリーには出品者側がPCを用意して参加する必要があるのですが、あまり出展者側でそれを用意しているところもなかったようで、用意した我々のブースには結構の来場者があったようです。

タッチラリーは5箇所以上回るとジュースがもらえるという仕組みでなかなかの好評だった模様です。

今回はかなり主催者側も初めての試みを行っていたらしくなかなか楽しめたのではないでしょうか?
来年も是非提供者側で頑張ってみることにしたいですね

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破壊的イノベーションを起こせ

イノベーションとは、必ずしも新規の技術を使うものではなく、既存技術の組み合わせであったりプロセスの革新であったりします。この組み合わせやプロセスの革新により新しいものを世の中に「普及」させることまでできて初めてイノベーションと呼ばれます。

イノベーションの中にも2種類あり、継続的イノベーションと破壊的イノベーションと言うものがあります。

継続的イノベーション

継続的イノベーションとは、例えば、携帯電話。今となっては昔懐かしいガラケーと呼ばれるものです。最初に出た頃は、ショルダーから担いだ本体とそこからのびる受話器みたいなものだったそうです。実際に見たことはありませんが。。。
この携帯電話、最初は1980年代に世に出たのですが、その後の技術進歩により、小型化や折りたたみ式、画面がついたりなど色々といわゆるバージョンアップしてきました。
このように、基本的な使い方やターゲット層(この場合にはビジネスマンから)が変わらず、そこから徐々に広がっていくような進化を継続的イノベーションと言います。
継続的イノベーションだと、そのイノベーションを起こす企業も、ずーっと変わらずそのまま、新しい機能を付け加えていくような感じで発展してきます。
ガラケー時代の製造者はノキアであったり京セラであったりしました。

破壊的イノベーション

これに対し、破壊的イノベーションは、また携帯電話の例で行くと、スマートフォンでしょう。
スマートフォンは今から10年も前ではありません。このスマートフォンが破壊的イノベーションと言われるのは、まず、ターゲット層が違います。もともとiPodに通信機能と電話をつけたものなので、どちらかと言うと若者層がメインターゲットだったのでしょう。
また、全く違う使い方というのもガラケーとは違った革新的なものです。使い方もアプリケーションを自由にインストールできるという、ガラケー時代とは全く違う発想でいろいろなことができる、いわゆる、ミニコンピュータ。
これが電話として置き換わってきました。

破壊的イノベーションが起こった際には、既存のものを作っている企業はそのイノベーションを過小評価したり、また、既存のビジネスを大切にするあまりにそのイノベーションに乗り遅れてしまいがちです。

スマートフォンの製造者はガラケー時代とは全く異なり主役がアップルやサムソンになってしまいました。ガラケーを作っていた企業はほぼ撤退してしまうというくらいのインパクト。
破壊的イノベーションは始まったときには小さく見えるのですが、非常に大きなインパクトがあります。

どの産業でも破壊的イノベーションは起こっています。これに乗り遅れないようにしないと企業の命はあっという間に尽きてしまうでしょう。

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大学院に入学しました

10/1は大学院の入学説明会でした。

どの大学かというと、こちらの東京キャンパス。社会人専用の大学院です。こちらでは授業が平日よると土日に行われるため、働きながら通うことができます。

このJAISTはMOTの草分けで、もうかれこれ10年以上前からこの社会人大学院を開いています。もう少し早く入学すればよかったかなと実は思っていたりしますが、まあ、生涯学習。常に学び続けることに意味があります。学問をやるのに遅い早いはありません。

もともと、後期博士課程で入学しようと思ったのですが、卒業して随分時間も立っているので前期博士課程からやり直すことにしました。どちらかと言うと前期のほうが後期に比べて修了するのがかんたんンということもあり、いきなり後期で苦労するよりも、前期から慣らしていくのがいいのかということもあります。まあ、そもそも昔取った修士は機械工学であり、情報系とは全然違いますのでやり直すのはまあ自然かと思います。

土曜日の説明会では20人弱集まっていたかと思いますが半分以上が後期博士課程の方々。定員はそれほど多くなかったと思ったのですが、希望者である程度の実力があれば入学できるのかもしれません。

あと、どうやら入学時期が同期生という扱いらしく、前期も後期も関係なく同窓生という感じの扱いでした。まあ、集まった方の年齢も様々で上はおっさんから下は卒業したてのような方まで、老若男女と言った感じです。

日曜日はいきなり授業が朝から晩まで。久しぶりの長丁場の授業は結構疲れます。90分の授業は大学では当たり前だったのですが、社会人になるとセミナーに行っても長くて60分程度なので、90分は結構疲れます。

昔と違って、PC環境がかなり充実していて、Wifiはもちろんのこと電源も各席の足元にありますので、バッテリーの持ちの心配もいらないようです。せっかくモバイルバッテリーを買ったのですが必要なかったかも。。。。

履修案内とか色々説明されたのですが最近ではWEBですべて履修登録できたりするようです。便利になりました。

まだまだ始まったばかりですが、これからは色々楽しめそうです

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社内飲み会は無駄

コミュニケーションを社外研究会で研究しているのですが、その中でも他社事例何かを重点的に調べていたりします。

やはりコミュニケーションは仕事をする上でも、社会生活を送る上でも非常に重要で、うまく円滑に回していくことが人生でも非常に重要かと思います。コミュニケーションの種類ですが、食事をしたり、一緒に運動をしたり、話し合いをしたり様々な方法がありますが、やはり一番多いのが、食事や飲み会だと思います。特にお酒が入ると口もなめらかになるので、コミュニケーションといえば飲み会と思う人も多いのではないでしょうか?

ここで、社内の飲み会についてですが、これが実は意外といけない。どういうふうにいけないかというと、どうしても社内の愚痴や悪口が多くなってしまう傾向にあるからです。特にその場にいない人を肴にし、飲み会の悪口で盛り上がる。これはストレスの発散にはいいのでしょうが何も進歩性もないし、何も生み出しません。これでは飲み会をしてもお金と時間の無駄ということになります。

やはり、せっかく飲み会というコミュニケーションを取るのでしたら、普段仕事上で抱えている問題や、新たな気付きなどを飲み会の席でじっくり話し合って、解決していく、と言うかたちが理想であります。

ちなみに、技術士会やJISTAの会合の後の飲み会ですと、違う業種や職種の人が集まっているというのもあるのですが、人の噂話が出ることはまずありません。同じ知識を共有している人たち、同じ知識レベルでの情報交換や、新たな創造などを飲み会の席で色々話し合う。これは非常に楽しい飲み会と言ってもいいでしょう。
参加したことがない人は一度参加してみると、あまりの社内飲み会との違いに驚き感動する事になります。現に皆さん初めて参加された人は同じような感想を持っています。

そういう意味でも、社内のいわゆるノミニケーションと言うなの、後ろ向きの飲み会というのは百害あって一利なし。できれば参加せずに早めに家に帰って、専門知識の洗練や英語の勉強など、また家族との信仰を深めるなどを行ったほうがいいでしょう。

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アイデアキラーになってはいけない

仕事をしているといろいろとアイデアが出てくると思います。小さなことから大きなことまで。大きなものになると事業計画レベルのものもあるのでしょうが、小さいものだと、例えば工場だと工程の改善とか、手順を変えるとかそういうこともアイデアとして浮かんできます。

日本のメーカの工場だとほぼどこでもQCサークルという活動があると思いますが、これは現場の作業員がライン工程の改善などを意識しながら作業を行い、作業手順などを変更することにより作業を効率化するという活動です。このQCサークル自体にも会社横断的な発表会などもあり、学会という感じで活動がされていたりします。

この際、アイデアですが、会社によっては一人年間何件などとノルマがあったりするのですが(当然報奨金もついたりする?)、こういうアイデアをすぐ試す場というのが非常に重要です。情報工学系だと、ライン工程の作業員がいわゆる知的ブルーカラーと呼ばれる人が多く、工場の作業員に比較するとそこそこ学歴が高かったりします。また、情報工学系のシステム開発ですと、いわゆる工場の作業と異なりそこそこ自由度が高く、仕様書レベルで全て書ききれないような開発スタイルになっています。

そういう人たちにも当然のようにアイデアを試すという場が必要なのですが、なかなか情報系だと難しい部分があったりするのが現状です。システムの場合、どうしても複雑にいろいろ絡み合っているので一箇所の変更が思わぬ不具合を産んだりする可能性がいあるので、簡単に試してみるというのができません。

本当にそうでしょうか?最近ですとテストツールやバージョン管理とか発展してきていることもあり簡単に試してみて、後で元に戻すとか色々なやり方はあります。また、不具合が発生するのではないかという思いがあり、なかなか新しいことを行うことに躊躇するひとが多いのもまた事実。特に人が多く絡むプロダクトだとなおさらでしょう。そうなれば、いつまでたっても古いものを使いつづけて、新しいアイデアを試すことができなくなったりします。

そういえば、先日聞いたポッドキャストでは、NASAのシステムだか何かは、未だに1960年代のすごく古いシステムを使っているとか。多分、置き換えることによる費用がメリットを超えないのでしょう。

アイデアを試す。これは非常に重要な事なので、簡単に試すことが実現できるような環境づくりが必要ですね

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ポッドキャストのすすめ

もう数年前から仕事中はポッドキャストを聞きながら仕事をしています。

会社によってはなんか聞きながらというのは禁止かもしれませんが、IT系の会社なんかだとこの辺りは結構緩かったりするので、音楽を聞きながら仕事を言う形が結構出来上がっています。
ただし、自分の場合にはポッドキャスト、英語のポッドキャストを聞きながらとなります。ながら学習といった感じですので特にググッと身につくわけでもありませんが、いろいろな意味でためになります。

特にニュース系のポッドキャストが非常に最近の話題を捉えていて、日本語で聞いてもいいくらいためになるような内容ばかりです。特に、一番のお気に入りが、1日5分ビジネス英語というポッドキャスト。もともとは英語のニュースがあるのですがそれを日本語で文法などを解説しながらというスタイル。特に内容についても詳しく解説してくれるので、英語の勉強と社会で今何が起きているかというダブルでの勉強になります。

ついこの間、イギリスがEUから離脱するというニュースが有りましたが、この事についてすでに海外では新しい単語ができているという内容もこのポッドキャストで知りました。「ブリグジット」ですね。すでに「ブリグジット」から「ブリグレット」へと変わっているというような内容も話していて、日本語のニュースではまず聞くことができない内容だったりするのが非常に役に立ちます。

また、このポッドキャストはリスナーとの交流も盛んで、オフ会なんかもあるそうです。オフ会に出るのは好きなのですが、自分の英語力じゃまだまだということでちょっとまだまだ先になりそうです。

というわけで、ポッドキャストを聞くというのは英語の勉強と社会の勉強、この2つが兼ね備わっているので非常におすすめ。また、日本では話題にならないニュースも取り上げてくれるので非常にいいです。

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ボロい商売は必ず淘汰される

システム開発案件なんかでも、いわゆるボロい商売というのはあります。
顧客側がシステムに対して知識が乏しい場合には、ベンダー側の言うとおりのままに操られてしまい、高値での契約なんかがはびこったりします。

そもそもシステム開発において、費用というものの観念が他業界とはちょっと違っているのかもしれません。人月という単位での費用の計算となり、人が男ヶ月働いたかによって値段が決まってきます。

その単価の出し方についても、システム開発においては開発者自体の自由度が高くなかなか画一的に行われるものではありません。
例えば、システム開発は最終的にプログラムを開発し納品するわけですが、そのプログラムのソースコードの行数によって求めるというやり方もありますが、その行数自体が、使う言語によって大きく異なったり、スキルの高い人と低い人でももちろん大きく違ってきたりします。

また、プログラムにはバグがつきものですが、ソースコードの行数が長くなれば長くなるほど当然バグの総数も増え、結果的に高い金額になったりします。

このように不確定要素が大きいため、システム開発の原価の計算には画一的なものがなく、すべてがオーダーメイドという形態になります。このオーダーメイドと言っても、人月単価は出しているもののそのかかる工数というのが結構アバウトだったりするので、いわゆるボロい商売というものができたりします。利益率50%とか、そんなものもじつはあることはあるのです。

そういうボロい商売が長く続くかというと実はそうでもなく、ベンダーの競争相手が現れれば自然と価格競争になり、適正価格に落ち着いていくのが市場原理です。
しかしそこに一つのベンダー側の武器があるのですが、それがベンダーロックインというもの。

システム開発はすべてのソースコードに対して明確な仕様書(いわゆるプログラム仕様書)があるわけでもなく、また、あったとしても全く知らない人が読んでも意味不明というような摩訶不思議な世界だったりするので、ベンダーにしかわからないようなノウハウがあればあるほど、あるベンダーから足のベンダーに乗り換えるのが困難になります。

そうなってくると、ベンダー側は競争相手がいない状態となり、価格決定権を持ち、いわゆるボロい商売というものが発生することになります。

これは顧客にとっても、社会にとっても非常に良くないことで、やはり競争があってこその進歩があるので、あぐらをかいて古い技術で適当に開発する等状況がいつまでも残ります。

最近では、システムもAPI化という流れがあり、コアのエンジンはAPI、それ以外の画面などのビューアはそれぞれライトウエイトに開発とかというのがあり、コアのエンジンのみ死守すればあとは乗り換えるのが簡単になります。
画面部分は数年で技術が変わるので、ここに注力するのは無駄でありここはベンダーに任せるというのが一番いい選択でしょう。

そうなれば、APIだけ公開し、技術のコロコロ変わる画面部分のみベンダーに任せればよく、APIがあれば特にベンダー特有の技術に縛られることもないので、ベンダーロックインからの開放となります。

そういう意味でも、システム開発の内製化は進めていくいつ用があるのですが、何から何まで内製というわけではなく、コアになる技術とそれ以外を明確にしておくことが重要です。

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SIからは脱却しよう

システム関連の仕事をしてると、その殆どはSIといういわゆるシステム開発請負という形になるかと思います。

この請負、要は他の人がやりたいこと、実現したいことを情報システムで実現してあげましょうということ。当然、そのやりたいことのノウハウは発注者側が持っていることになりますので、どのようなシステムを構築するかという定義(要件定義)が必要となってきます。

システムの請負側もひとつの業界にいると、同様なシステムを作ることが多くなり自然とそのノウハウがついてくるというのが普通でしょう。しかし、このシステムの請負だと、そのシステムの作り方には熟知するのですが、何をやるか?という一番大事な部分に関するノウハウはいつまでたっても得ることができません。

そうなると、システムを作ることだけは得意。これは目的と手段を取り違えていることになります。情報システムとは目的を達成するための手段ということができるので、システムを開発すること自体は目的ではありません。

別に目的を達成するためにはシステムを作ることが必要条件ではなく、実は滅多に行わない作業で手作業であっという間にできることをシステム化するということは全く費用的にも合わないし意味がありません。

そういう意味で言うと、システムの要件定義時にはシステム開発することがありきですすめるわけでもなく、全体的に見ていく必要があるということです。
そうなってくると、SI会社にはそういう判断はできませんので、必然と無駄なものを作っていくことになる可能性もあります。

最近では、大企業でもシステムの内製化という、SIに頼らないシステム開発が多くなってきています。アメリカではSIによる開発と内製が半々かそれ以上という話を聞いたこともあります。まあ、これは内製化とはいいつつ、大規模システムを開発する際には人を雇って終わると解雇するという、人材の流動性が高い社会だからという理由もあるのですが。

あと、SIに仕事を頼むと、間に入る人間が多く非常に時間がかかってきます。契約、見積もり、プロジェクト管理、それぞれ時間がかかる。そのため、最近ではその遅さを嫌って、内製化という流れになっているということです。

ただ、このSIが遅いという話は数十年前から出ていた話でもあるのですがなかなかSIからの脱却は進んでいないとも言えるのです。
まあ、遅かれ早かれシステム開発を請け負ってるだけの会社はなくなっていくことでしょう。

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その会議という名の打ち合わせ、本当に必要?

会議というもの

会社にいると、いろいろな形で会議(打ち合わせ)が行われるかと思います。
大きなものから小さなものまで、人数にしても2人から数十人までや、時間にしても数十分から何時間までいろいろな会議の形態があります。

会議をするということは、人と話して何かを決めるという行為になりますが、その会議自体の意味をよーく考えないと全く無意味になったりします。
会議をしているとなんとなく仕事をしているような気になってしまうところが実は怖いところなのです。まあ、会議というと会議室を予約し、定例になったら人が集まり、会議を始める。プロジェクタを使って進行係が何を決めるか、何を話すかということを意識しながら進行し自慢になるまで議論。結論を立つという感じでしょうか。
会議には議事録というものが必要不可欠で、議事録を取らないと何を話して何を決めたのかが、に漬が経つにつれ、わからなくなってしまします。

費用

忘れてはならないのが、会議には費用がかかるということです。
まず会議室の使用料がかかります。会社内にあるからかからないじゃないか?という疑問もあるでしょうが、わざわざ会議室というスペースを確保しておくには、その会社が賃貸オフィルを借りているのだとしたらそのスペース確保分の費用が月々かかりますし、自社ビルにしても、そのスペースを買うための費用や、運営費などそれなりにかかってくるものです。

また、人件費という観念も忘れてはいけません。例えば単純計算で月額40万円の給料の人だと、月額20日稼働として日額2万円。1日8時間働くとして時給は2500円になります。
その人たちを10人集めて1時間会議するとなるとその会議の人件費は25000円。その会議にそれだけの価値があるかどうかを見極めなければいけません。

仕事というもの

本来仕事というものは、付加価値を生む行為であると思います。その成果に対しての報酬が給料だとすると、実は仕事に対する給料は時間で計れるものでない場合もあります。
単純作業の場合には時間単位の生産量はある程度決まっていますので、まあ、給料は時間と比例するのはわかりますが、それ以外のアイデアをものに変えたりするような仕事は実際には時間じゃないですよね。
そういう意味でいうと、会議が全て無駄であり不要なのじゃないかというつもりはありませんが、その時間給以上の付加価値を生まない会議は全くの無駄じゃないかなと思います。
例えば進捗確認だけの会議なんかは全く無意味なのかもしれません。

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入学手続きしてきました

平成28年10月入学で受験をした大学院。5月中頃に説明会に参加、5月末に出願、7月頭に口頭試験。すぐそのあとの合格発表と順調にやってきました。
合格発表は封筒での合格通知がやってきて、その中に入学手続きは8月に送るよと書いていたのですが、やってまいりました。

ここまでくるとようやく実感が湧いてきます。入学金を30万弱ほど銀行振り込みし、その他必要な書類を同封の上簡易書留にて投函。ようやく一息がつきました。

研究室の選択が重要になってくるかと思いますが、各研究室の紹介ページを見ていると非常に多岐にわたっており、どれにするか迷うということはないのですが、何個か候補となる研究室をピックアップしました。

個人的にはデータマイニング系を一から学び直したいという気持ちがあり、その研究室があるコースを選択したのですが、他のコースでも人工知能系の研究をやっているコースもあり非常に悩みどころでしたが、最初にピックアップした研究室があるコースに結局は希望を出すことにしました。

修士からやり直すので研究室は希望通りにいかないかもしれません。理系大学の3年生が研究室を決めるときのような感じです。大学時代は研究室を選ぶ際に、特に何も考えていなかったので、機械工学科だったのですが材料系の研究室にしてしまいました。楽だからという噂があったので適当に選んだような気がします。

今回は明確な目的があるので、ぜひ希望通りの研究室にならなければ通う意味がありません。社会人大学院にも希望が通らないということがあるのかどうか知りませんが、まあ、なるようにしかならないでしょう。

あと、いろいろ調べた感じではやはり英語が非常に重要視されているようです。英語の勉強はのらりくらりとポッドキャストを聞いたり、電車の中でかるーく勉強したりしながら、細々とやってきたのですが、やはり大学受験のときの実力は戻ってきていないような気がします。
ということで、これから入学までは英語(とすでに申し込んでしまった情報処理)の学習をしないといけないでしょう